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【逆転の経営】第16回 - 激動の時代を「負ける」経営で生き残る

【逆転の経営】第16回 - 激動の時代を「負ける」経営で生き残る

【逆転の経営】第16回 - 激動の時代を『負ける』経営で生き残る -

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医療・介護施設の違いは利用者にはわからない現実

   医療・介護施設を分類するには、一般的に特別養護老人ホーム、老人保健施設、療養病床、有料老人ホーム、高齢者住宅等という類型があるが、それらのサービスは、いずれも『医療』と『介護』と『ホスピタリティ(広い意味での「おもてなし」)』で構成されているように思う。


   これまでいくつもの特別養護老人ホーム、老人保健施設、療養病床を建設・運営してみたが、特別養護老人ホームにだけ建設補助金があるというのは制度的な整合性に欠ける。やはり将来的にはl、補助金は減らされていき、やがてなくなってしまうだろう。そうすると、ハードは全室個室が前提になって、その費用は、利用者がホテルコストとして負担することになり、かたやソフトについては、医療保険や介護保険の財源で賄うことになるのだろう。特別養護老人ホーム、老人保健施設、療養病床との間に施設経営に関する差はなくなってきている。当の施設経営者たちは、三つの施設類型をまったく違うように語るかもしれないが、施設を選ぶ利用者から見ると、ほとんどその差の見分けがつかないのが現実である。

   私たちの施設の入所者をみると、病院もすでに個室になっていて、有料老人ホームに負けない療養環境になっている。その一方で、特別養護老人ホームに医療ニーズの高い人も入っている。ねらってそうなったというよりも、急性期の治療を終えた人の行き場がなく、施設の類型がどうであろうと、とにかく入れるところを探している人を、採算度外視で入所してもらわざるを得なかった現実の帰結ともいえる。

   基本的なスタンスは、どのような患者に対しても、『医療』と『介護』と『ホスピタリティ』を提供していくという考え方である。それが『損』なことかというと、必ずしもそうではない。生き残るために最も大切な経営手法だと思っている。

生き残るのは強者ではなく変化に対応できるもの

   生物学における進化の歴史の基本原則は、強いものが生き残るのではなく、変化に対応できるものが生き残るというものである。強さゆえに滅びてしまうことも珍しくない。氷河期などの、自然条件が大きく変化すると、生物は自ら変化して環境に適応する。今の日本は、経済・財政、政治などの激変期にあると思われるが、われわれはどのように生き残ればよいのだろう。

   おそらく数年以内に介護保険制度が実質的に破綻し、政府は、軽度者の報酬単位の切り下げを行い、重度者へのサービスでしか採算が合わないようにしていくだろう。現在、有料老人ホーム事業で利益をあげているところは、医療の必要度や介護の必要度の低い人を集めて利益を出していた。利幅が大きいからだ。公的医療保険下でも、薬剤や個室料などの利幅の大きい分野で事業者が利益をだしていたのであって、それ自体は特別悪いことではない。

   介護保険では、かつてのデイサービスや福祉用具貸与が『利幅のビジネス』の代表格であった。それをみた厚生労働省は、介護報酬の包括化や制限を行い、利益を出せないようにした。厳しい財政状況の下、財政当局の立場からすれば、重度者に対応しようとしない介護事業者を採算が合わないように規制することは、当然のことだと考えている。

負けて追い詰められて次の時代に適応していく

   われわれ湖山医療福祉グループは、環境に応じて自ら変化する『DNA』をもつ組織であり、生き残るために『負ける』経営をモットーとしている。生物が環境変化のなかで劇的に変化するのは、以前の環境での『勝ち組』ではなく、『負け組』として、このままでは生きていけないというところまで追い詰められたからであり、『負ける』ことによって、次の時代に適応できるようにメタモルフォーゼ(変態)を余儀なくされるのである。

   考えてみれば、私たちの湖山医療福祉グループ自身も、成功モデルで成長してきたわけではない。

   強者として成長していくと、最後に必ず破綻して全滅してしまう。弱者ゆえに今の環境に負け、次の新しい環境に適合していかざるを得ないのである。私たちは『負け』の連続のなかで変化し、成長してきた。かつて東京・銀座にある中小病院として、東京の経済繁栄のなかで、時代の変化についていけず負けてしまった。それゆえに、救急医療から慢性期医療に方向転換した。そして、物価の高い銀座から、新しい環境を求めて、物価の安い地方で新しい施設サービスをつくらざるを得なかった。

   大型の不動産投資をする施設経営の主は、民間の個人オーナーが多いので、時代の変化に対応できなくなっている。特別養護老人ホームをみても、施設整備補助金で成り立っている社会福祉法人が経営しているところがほとんどであり、社会福祉法人の4分の3を占める、『一法人一施設』という小規模法人では、将来の立て替えは難しいだろう。

今後どれだけ苦しい時代がきても生き残る

   国の厳しい財政状況を受けて、政府は医療・介護業界に効率化を求めている。しかし、医療・介護に限らず、事業の効率性を極限まで追求すると、未来の利益まで食い尽くしてしまい、5年も経つと、投資した資金を回収できなくなり、破綻するほど、環境の激変に弱くなっていくのである。

   かつて、地方に老人保健施設を建設した際に、地元の意向もあって、定員の半分は長期利用者とせざるを得なかった。長期入所を認めることは、在宅復帰施設としての本来のあり方からすると問題かもしれないし、優秀な老人保健施設では、短期間で退所させていた。しかし、地元の意向だけでなく、当時、私たちの施設には入所者を退所させる力がなかったことも事実であった。

   しかし、そのことが結局、施設で看取ためのノウハウや、重度者の介護の方法などを身に付けることにつながり、さらには、利用者が長期入所しても赤字にしない経営ノウハウを蓄積することにもつながった。その経験は、その次の特別養護老人ホームを運営するときの経験として活かされた。

   新設の特別養護老人ホームは、地域の既存施設が受け入れたくないような、医療ニーズが高く、採算の合わない利用者を受け入れざるを得なかった。それは経営的につらく、スタッフの負担も重いことであったが、結果として、そういった苦しい環境だからこそ、法人の経営力もスタッフの介護力も鍛えられたのだと思う。私たちは、施設類型間競争に負け続けたがゆえに、新しい、”耕地”を求めざるを得ず、新しい農地を開墾し続け、田畑を広げ続けている。

   つねに新しいタイプの施設をつくり続けるなかで、サービスの研究・開発と事件と失敗を繰り返した。それがゆえに生き残った。それがゆえに、今後、どのような苦しい時代がきたとしても、生き残っていく自信がある。